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「公共建築はみんなの家である」

私達は30年に亘って国内外の公共建築の設計に携わってきました。
しかしいざ関わってみると、次第に日本の公共建築の問題が明確に浮かび上がってきました。管理意識が強く、利用者にとっては必ずしも望ましい建築がつくられていないと気付いたのです。では利用者にとって望ましい建築とはどのような建築でしょうか。

利用者にとって望ましい建築とは、毎日でも行きたくなる建築です、毎日でも行きたくなるのは、行くのが楽しい建築、居心地の良い建築だからです。
しかし我が国の公共建築は、利用者にとって楽しい建築、居心地の良い建築をつくろうとするよりも機能的な建築、管理しやすい建築をつくろうとする傾向が強いように感じられます。

人は屋外、即ち自然の中では自らの活動を制限されることはありません。自然の中にはさまざまな変化に富んだ場所があります。明るい場所、暗い場所、乾いた場所、じめじめした場所、広い場所、狭い場所等々…。
自然の中で人々は、自分の活動の場所を自由に選ぶことが出来ます。例えば読書をしたい時、人は木陰のベンチで読書することも出来れば、芝生に寝転がって読書することも出来ます。我々は自然の中で読書するような図書館をつくりたいと考えてきました。即ち、建築の内にいても特定の部屋に居ることを強要されるのではなく、自然の中にいるようにさまざまな場所を自由に選ぶことが出来る建築、母子も高齢者も一緒にいることが出来る、子供も好き勝手に走り回ることが出来る、そんな公共建築をつくりたいと考えてきました。

私達がこれまで携わってきた公共建築の多くは日々沢山の人々でにぎわっています。そのにぎわいは自由に振る舞える場所をつくろうとしてきたからだと信じています。機能にとらわれた部屋に分けてしまうことを極力避けようとしてきたからだと思います。私達のつくってきた公共建築の多くで壁が少ないのは、自然の中にいるように部屋に分節されない流動的な空間をつくろうと考えたからです。

その結果そのようなにぎわいの空間では、幼児、主婦、ビジネスマン、学生、高齢者など多くの人々が自由にそれぞれの居場所を定めることが容易になりました。混在している様子は、ゆるやかで、大きな家族の姿を想わせます。

私達が東日本大震災や熊本地震後の被災地でつくった「みんなの家」は、仮設住宅団地を中心に近隣の人々が集まって話し合いや食事をしたり、各種イベントなどの場として活用されています。「みんなの家」は、従来の公共施設のように自治体が内容を予め設定するのではなく、利用者と話し合い、利用者の要望をベースにつくられてきました。これからの公共建築は「みんなの家」のように利用者主体に考えられなくてはならないと思います。

今回の展覧会では、私達がこれまでに設計した複数の公共建築を取り上げ、それらがいかに利用されているかをリサーチしました。
とりわけ館長や芸術監督にインタビューを試み、どのような施設を意図しようとしているかを語ってもらいました。また利用者やスタッフの人達にもインタビューやアンケートを通じて、実態に迫ろうとしました。こうした試みからこれからの公共建築のあるべき姿を浮かび上がらせたいと考えます。

伊東豊雄

ともに歩んだ記憶の集積地


せんだいメディアテーク(2000年)

「まち」=「劇場」の実験場


まつもと市民芸術館(2004年)

商店街の劇場


座・高円寺(2008年)

知人じゃないけど他人じゃない人たちの集まる場所


©Kai Nakamura みんなの森 ぎふメディアコスモス(2015年)

主催 今治市
協力 鷲田清一、串田和美、佐藤信、吉成信夫、「せんだいメディアテーク」「まつもと市民芸術館」「座・高円寺」「みんなの森 ぎふメディアコスモス」の取材にてご協力いただいた皆様、川上純子、株式会社LIXIL
ディレクター 伊東豊雄
制作 株式会社伊東豊雄建築設計事務所、NPOこれからの建築を考える 伊東建築塾
映像インタビュアー 佐野由佳
映像 田中英行、長良将史、山根香
グラフィックデザイン 丸山智也
英訳協力 ジョイス・ラム